とある日の妄想

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2008年06月19日(水)
体罰について
育児
<東国原知事>突然言及「愛のムチ条例はできないか」(Yahoo News)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080618-00000153-mai-pol

こっそりYahooにもコメントしたけど、体罰ねぇ。
まず効果について考える。

体罰には一定の効果がある。
それは統制。
子供たちは殴られることがわかると、殴られないようにしようとする子もいる。
体罰の基準はたぶん「みんなと同じようにできているかどうか」だな。
学校教育などでは、教師による集団生活的統制が求められるので、
輪に溶け込めない、規律正しくない子供が体罰を受けることになる。

しかし、自分の経験からいうと、ここで面白い現象が発生する。
常に殴られ続ける子供とそうでない子供に分かれるのだ。
要領のよい、いわゆる「よい子」はほとんど体罰を受けず、
容量の悪い、語弊があるが「アホな子」は毎日殴られる。

結局、殴られたからといって何か反省して次に生かせるわけではないのだ。
そりゃそうだろう。
本人にしてみれば「わけもわからず」殴られているのだから。
結局言葉や態度で諭して、本人が心から理解・反省しないと問題は改善しない。
理不尽な押し付け、管理上のご都合主義的教育は子供は聞き入れることはない。

また、「殴られないようにしようとする子もいる」と書いたが、
それはまさに殴られることを避けようとするに過ぎず、
殴られる原因の行動の何が悪いのかを理解して行う行動ではない。

つまり、見た目統制された集団になったとしても、問題の根底は
解決しないまま残ってしまうのだ。

俺は相当殴られたりけられたりした「アホな子」だったけど、
体罰が今の俺に残してるのは教師に対する恨みのみ、だな。

昔実際に行われていた体罰が、本当に効果的な教育手段だったのか。
それをよく考えて、統計的・科学的根拠を示したうえで発言してほしいね。

まぁ実際成立する可能性のないトンデモ条例案なうえに
宮崎の話だから、この記事の内容自体はどうでもいいんだけど、
ヤフコメに体罰賛成派が多かったので自分の体験を書いてみた。

体罰賛成派は殴られてよかったという経験をしてるのかな?





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