とある日の妄想

- 表現規制派を考える -

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創作物の規制/単純所持規制に反対する請願署名市民有志

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2009年06月17日(木)
表現規制派を考える
雑記
架空の(性)表現規制について、調べたり考えたり。
規制が実際に進んでいるのでこのブログもそんなエントリが増えている。

今回は規制派と呼ばれる人たちそのものの像を見てみる。

■定義

・性表現を規制することは正しいと考える人
・性表現が規制されることはやむを得ないと考える人

■規制根拠

・社会的悪影響(非行・性犯罪)につながる(悪影響論)
・存在または閲覧しようとする人が不愉快だ(感情論)
・児童ポルノであり、人権侵害である(児童ポルノ論)
・そもそもポルノは女性差別であり、人権侵害である(女性差別論)

・規制されても興味がないから自分に関係ない(無関係論)
・多くの人にとって無価値・不快だ(無価値多数論)

たぶんこんなところだろうか?
無関係主義はあまり重要ではないかもしれない。

一応すべてに合理的根拠がないことは過去のエントリに書いた。
しかし、根拠がなくても規制派は規制を主張する。

そう考えると、規制派の主張において重要なのは

・自分の価値感は根拠がなくても絶対である。

この1点ということになる。
規制派というのは、自分の価値観を満足させたいのだ。
そう考えれば、規制派の行動は実にわかりやすい。
自分が正しいと信じるものの絶対性を、根拠のあるなしを問わず
曲げることができないのである。
根拠がないけど信じているのだから、反対意見も意味がない。

宗教の信者のようなものだ。
理由や根拠はないけど、そこには神がいる、みたいな。
いるにきまってるじゃんから始まってるから困るという。

もちろん信じるのは自由だ。
押し付けられるとほんと困るね。





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コメント一覧

全2件中1〜2件を表示
1 :  通りすがり 2009-06-20 15:56:00
>>宗教の信者のようなものだ。

 これも規制派の中には存在すると私は推定しています。
 規制の急先鋒・日本ユニセフを支持している団体には多くキリスト教団体・創価学会がありますし、野田聖子議員を推している団体の中にはカスパルも名を連ねています。
 この点で言えば、捕鯨問題と構造は同じで、”自分たちの信仰する宗教の教義に反する”が規制の根拠でしょう。
2 : 管理人 2009-06-20 16:45:39
>通りすがりさん
あくまで「根拠のないことを信じる人」の例で宗教の信者と述べましたが、
なるほどそういう類いの人であれば思考パターンが同じ問う意味で
今回のように根拠のないことを主張する可能性はありますよね。

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