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- ソフ倫規制賛成論に対する反論 -

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創作物の規制/単純所持規制に反対する請願署名市民有志

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2009年06月11日(木)
ソフ倫規制賛成論に対する反論
法律
先日アゴラというサイトの田部大輔氏のエントリへ
トラックバックを送信させていただいた。

アゴラというサイトは知らなかったんだけど、結構面白そうだね。

田部大輔氏は俺と同じで、規制反対派。
そのエントリに対して、松本徹三氏という方が同じサイト内で批判(反論?)記事を展開していた。

このソフ倫の規制に賛成というエントリの内容が、実に残念な内容なので
引用をしながら紹介をしてみたいと思う。
引用部分はblockquoteで指定してるけどちょっと見た目わかりにくい…。
デザインを修正しようっと。

対象記事はこちら。
私は田部大輔さんの意見に反対です。 - 松本徹三
http://agora-web.jp/archives/642977.html


何が禁止され、規制されるかは、「それが社会的に有害であるかどうか」の判断によります。この判断基準は、当然各人によって異なるでしょうが、「性暴力的ゲームソフト」が社会的に有害であるという判断は、恐らく多くの人達にとって支持されるでしょう。逆に言えば、平均的な市民を集めた公開の場で議論をすれば、田部さんの議論が過半数の人達の支持を得る事は、到底不可能だと思います。

社会的有害性は、他者の憲法上の基本的人権を侵害するかどうかで考えるべきである。

多くの人に支持されるかどうかは規制の理由とすべきではない。
これを根拠とすると、少数であるという理由で正当な表現等が
妨げられることになってしまう。

したがって、過半数の意見が得られるかどうかを規制の論点とすることは、
表現規制に関してはまったく意味がない(憲法が変わらない限り)。

(性)暴力表現を好まないのに強制的に見せられているのであれば、
これはいうまでもなく人権を侵害していると考えられるが、
ただ単に(性)暴力表現が存在しているというだけでは、誰の人権も
侵害したとはいえないので、社会的有害性はないと考えるべきだ。


はっきり言わして頂けば、私自身にとっては、性暴力的な映像やゲームソフトの存在は不快であり、こういうものが自分の周りにいる(私が愛している)中高校生達の目に入る事は、極めて好ましくないと思っています。従って、誰かがこういうものを制作して世の中に広めようとしているなら、それは「私自身の人権に対する挑戦」だと考えます。そして、私は確実に実在している人間であり、モニターの向こうにしかいない「幻想上の人物」なんかじゃあありません。

存在そのものが不快であるために人権侵害だ、というもの。
これは単なるわがままな主張にすぎない。
俺は若いころ、音楽的に低俗な価値観を植えつけるものだという理由で
J-POPが大嫌いで(今思うと恥ずかしいことだが)、
J-POPなんてなくなってしまえばいいのにと思っていたけど、
それを人権侵害で中高生には害、俺への挑戦と主張しているようなもんだよね。

個人的な趣向(多数の趣向であることは問題でないのは上記のとおり)は
論点とすべきではない。
でも規制賛成する人にはこういう意見が多いんだよね。

存在すること自体ではなく、意図しないのに見たくないものを
見ざるをえないような表現方法かどうかを考えたほうがいい。
(そう考えるとJ-POPはかなり有害だった気がするなw)


1. 殺人も、強姦も陵辱も、行為としては許されず、全て犯罪となる。
2. 人間は、幻想や妄想の世界では、何を考えても自由で、何人もそれには介入できない。
3. しかし、そのような考えを表現することに関しては、「許されること」と「許されないこと」があり、その社会的影響が、「何が許され、何が許されないか」の判断基準となる。

3.について、先に述べたとおり、表現が規制される根拠としては
他の人権に抵触するか否かが重要な問題。

TV・ラジオ等の自主規制については、個人的見解では、
意図せずに目にする可能性が(青少年であるかどうかは関係なく)
高いからではないかと思われる。
特性上、内容の警告を伴わず、選択する余地を持たず不快なものを
見る可能性が高いため、自主規制の範囲が大きいのだろう。

ゲームorインターネットについては、内容への警告を事前に行うことが可能だ。
したがって、見たくないものを見るハメになったというような問題は
TV、ラジオよりもはるかに起こりにくいと考えられる。

特に今回問題となっているようなエロゲーは、意図しなければ
見ることはほとんどないといえるようなものだ。

したがって

(この理由は、私には未だよく理解出来ていませんが、主として「青少年の目に触れる機会が多いか少ないか」の判断によるものと思われます。しかし、もしそうであるなら、ゲームソフトやインターネットのコンテンツは、或る意味で新聞やテレビ・ラジオ以上に青少年の目に触れる可能性の高いものですから、当然、許容範囲は小さくなって然るべきでしょう。)

上記理論には大いに疑問がある。
(TV・ラジオ以上に(エロ)ゲームが目に触れるって言う時点で破綻してる気がするが)


3. 内容については、殺人や、殺人に至る闘争、通常の性行為などは、許容範囲をある程度大きくしてもよいが、残虐な殺人や傷害、異常な性行為や青少年を対象にする性行為は、許容範囲を小さくするべきである。

何度も書くけど、内容が人権を侵害していなければ、問題はない。


(特に、「少年少女を対象とする性行為についての表現」については、これが広く社会に流通すれば、現実に少年少女が被害者になる危険性を増大させますし、一方、青少年自身が加害者になる危険性も高めますから、「これは徹底的に規制すべきである」というコンセンサスは確実に存在します。

性表現が犯罪被害者を増やしたり犯罪者を生むという根拠は一切ない。
(これは田部氏も反論として触れている)


以降の部分については、ゲームとインターネット上の性表現が
混同された状態になっていて、特に取り扱うほどの内容でもない。


このソフ倫規制に賛成し、田部氏のエントリに反論する松本氏のエントリを読んで、
非常に残念な気持ちになったのは、結局個人的な倫理観や思想によって
規制されて当然と説明しているに過ぎない点だ。

・「規制しないことで発生する人権侵害」とはなにか。
・そしてそれは何を根拠としたものか。

俺が知りたいのはその説明。
結構調べてるんだけど、宗教的倫理思想の押し付けか、根拠不明の犯罪誘導論しかでてこない。

あと、ソフ倫はただの自主規制にすぎないっていうけど、
外圧→政治的圧力→自主規制
って言う流れを考えれば懸念して当然。
つい先日までなかった規制で、普通に流通があったものが
政治的圧力等を懸念して自主規制に及ぶこと自体に問題がある。

それにいま架空表現も含めた法的規制論が進行してる。
叩き潰すべき悪法だ。

規制賛成派の論理的に納得できる規制論が聞きたいな。

以下宣伝。
当ブログは下記署名に賛同しています。

成年向けゲーム及び成年向け雑誌等の規制反対署名
http://www.shomei.tv/project-196.html

※追記
規制の根拠について弁護士の方が述べているブログがあったので
メモもかねて紹介。

【規制の根拠は?】性暴力ゲーム、規制議論を【根拠がない!】
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2009/05/post-9412.html





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コメント一覧

全6件中1〜6件を表示
1 : ハル 2009-06-12 16:40:49
実際に被害にあった女性や、そういう方を身近にもつ人達の前でも
存在そのものが不快であるなんてわがままだ、なんて言い切ってしまえるのですか?

禁止になって辛い思いをしている人達が人権侵害だって言うように、
存在しているというだけでは誰の人権も侵害してないなんて簡単には言い切ってしまえない、複雑な思いがお互いに同じようにあるんじゃないかと思うんですが・・・。

(違う考え方の人の気持ちを無理に変えようなんて事までは考えてないのです、すいません)
2 : 管理人 2009-06-12 18:21:15
>ハルさん
存在そのものが不快だと思うのは自由ですよ。
不快だから人権が侵害された(=規制しろ)というのはわがままな主張だと断言できます。

ある人にとって不快な架空表現の存在は、不快=人権侵害であるため、存在を否定(規制)できる。

というのが、「ある人」が誰であっても、また、「架空表現」がどんなものであっても成立しなければ、「架空表現の存在が不快であることは人権侵害」とはいえないと思います。

つまり、架空表現が存在するだけで人権侵害とはなることはないのです。人権侵害がない以上は、創作表現が自由であるのはいうまでもありません。
3 : bobby 2009-06-16 15:46:51
はじめまして。TBさせて頂きました。管理人さんの意見に賛同します。いまの松本氏の情緒的な意見は、多数に支持されからという理由で、通信や郵政でユニバーサルサービスを義務化して、後発の民間企業排除を正当化するのと同じ事ではないかと思います。
4 : 管理人 2009-06-16 22:20:31
>bobbyさん
ご賛同&TBありがとうございます。
(TBがうまく機能していなかったかもしれません…申し訳ないです)

この規制の流れには不満を持っている人をしばしばみかけます。
こういう形ですが、これからも意見を表明していこうかと思います。
5 : Ard 2009-06-25 00:39:58
初めまして、ソフ倫規制に関して色々と情報を探している際に、御サイトに辿り着き、意見させて頂きます。

自分は一部に関しては規制賛成派なのですが、
松本徹三氏の意見は明らかにおかしいと思います。
狂っている、と言ってもいいかもしれません。

彼の論理を代用するなら
「私は松本徹三という存在が極めて不快であり、その存在が私や私を取り巻く友人を不快にする。これは私の人権に対する挑戦であり、そして私や友人は確実に現実に存在するものであるから、彼の存在やその意見はこの世から規制されてしかるべきである。」
という論理まで通ってしまう事になります。こんな馬鹿げた論理が通っていいはずがありません。
法曹的に見ても彼の論理は滅茶苦茶で。擁護のしようもありません。

ただここまで言っておいてなんですが、私が賛成派であるという事と、何故賛成なのかという側の意見を提示させて下さい。

 今までも、ある程度は規制がなされてきていたことは重々承知しております、しかしそれが社会通念上から見て、立派に規制として機能していなかった。
 すなわち、ソフトによっては、中には社会通念上これは如何なモノか、と首を傾げてしまうようなものまで平気な顔で流通していたのが問題であると考えております。
 何も今あるものを全て大無しにするような大々的な規制を入れる必要があるとは思いません。
 それでも今まで為すがままにしてきてしまった事や、明らかに常軌を逸したモノが出回っている昨今の現状を鑑みて、折り合いを付けた多少の規制はやむをえないのかな、と思います。

私が「多少の規制」と申しましたが、人によっては今回の規制は大々的なモノ、多少ですまないモノという捉え方をしている方々も多数いらっしゃいます。
やはり規制はここらの折り合いを付けてから行うべきだったのではないかなぁと思っております。
ゆえに、一部賛成、という形をとらせて頂いております。

長文駄文失礼致しました。それでは。
6 : 管理人 2009-06-25 12:39:29
>Ardさん
ご意見ありがとうございます。
もちろん、規制がどのようなものか、というのは重要なことですね。

私は、成年がおこなう製造・頒布・取得等の行為の一切が禁止されなければよいと思っております。

「社会通念に照らして明らかにおかしい」という基準は客観的でないため、賛同できません。

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